ケチャまつり

さらに極める(その1)
CONCEPT 未来の祭りのプロトタイプを探る

ケチャまつりは38年前、「未来のまつりのプロトタイプを探る」という目的をかかげて、 新宿の超高層ビルの一隅、三井ビル55ひろばでうぶごえをあげました。 大都会のただなかで、ケチャというインドネシア・バリ島のエスニシティにふかくねざした芸能を中心にすえたこのこころみは、 西欧近代文明の圧倒的な影響力が頂点を極めていた当時の社会の流れに一石を投じるものでした。

今を去る40年以上前から、アメリカ、ドイツ、フランスなどの有力な専門的民族音楽の関係者たちが次々とケチャに挑戦し、 失敗をくりかえすという国際的なケチャ再現競争がくりひろげられていました。 そのなかで、山城組は、ケチャをはぐくんだバリ島の成熟した社会システム、 壮大で精緻なまつりを成立させる土台になっている伝統的共同体の組織に注目しました。 そして、そのシステム制御メカニズムにまなんで、 ケチャを演じる集団そのものを西欧近代合理主義とは本質的に異なるコミュニティ型組織につくりかえたのです。 この独自のアプローチによって、世界で初めて、バリ人以外によるケチャ再現に成功することができました。 ここに芸能山城組、そしてケチャまつりの原点があります。

最近では、西欧文明のほころびはますます隠しきれないものとなり、アジア、東欧、アフリカなどの地域で、 西欧近代合理主義とは独立して発展・成熟した文化への社会的関心が高まりつづけています。 山城組がバリ島の成熟社会にまなび、40年になんなんとする歳月をかけてとりくんできたパフォーマンスや祭りづくりのこころみは、 近代社会への危機感を反映しつつ浮上してきた非西欧文化圏の成熟社会に対する社会的関心と、ようやく軌を一にしつつあります。


「ケチャまつり」の意味

辻井 喬

未来の祭りの原型創造という挑戦的な目標をかかげたケチャまつりも、今年で38回目をむかえる。
長いあいだ、バリ島の呪術的芸能の典型であるケチャを演じ歌うことは、どのような合唱団によっても不可能なこととされてきた。
たしかに、これは極めて土俗的な芸術であり、リズムも特異で多元的であるし、発声に対する西欧的発想によっては、演奏不可能といっていい部分を本質的に持っている音楽である。それを見事に再現してみせたのは、芸能山城組の方法論の勝利であった。
彼等にこの挑戦を試みさせたのは、地域共同体の崩壊と共に姿を消した日本の祭りに復古的ではない再生の灯を点じたいとする組員達の思想と情熱であった。私達はこの祭りのなかにケチャの再現を超えて、新しいコミュニティの可能性を予感することができる。これは既に人間疎外の克服の一原型である。主体性を創造しつつ共同体を構成することが可能であることを見事に示したアート・パフォーマンスであることによって、ケチャまつりは近代文明に対する最もラヂカルな問いかけになっている。

 (つじい・たかし=詩人)


さらに極める(その2)
CAK 楽園の神秘・ケチャ

バリ島を訪れる人なら誰もが一度は目にするケチャは、古来の呪術的儀式サンギャンを土台にヒンドゥーの古代叙事詩「ラーマーヤナ」の物語をアレンジした合唱舞踊劇として、バリ島の村落共同体の人びとと、近年世界の知識人たちの注目の的になっているドイツ人の総合芸術家、故ウォルター・シュピースとの協同作業により、1933年に誕生しました。

ヒンドゥー寺院の荘厳な門を背景に、燃える灯火を中心として数十人から大規模なものでは百人をこえる半裸の男性が円陣をくんですわり、「チャッ、チャッ」という鋭いさけび声で複雑なリズムをきざみます。4つのリズムパターンが入れ子細工のようにおりなす精緻な16ビートのポリフォニーは、演じる者はもちろん、観る者までをもトランスの世界にひきこみます。そして、このリズムにのってきらびやかな衣装をまとった男女の踊り手が次々と登場し、絢爛たる古代絵巻をくりひろげます。

男たちは、はげしく、あるいは深くリズムをきざみながら、時にはうたい、時には体列を変化させる舞台装置となり、ひとつの生き物であるかのようにスペクタクルを展開していきます。音楽・舞踊・演劇・美術・文学・呪術など、かぞえきれない要素がとけあったケチャは、人類究極の表現形態のひとつとして、世界の芸術家のみならず人文・社会学者、哲学者らの注目をあび、数あるバリ島の芸能のなかでも特別の位置を占めています。

芸能山城組は、40年ほど前に、ケチャの西欧近代の芸術にはない魅力に着目し、バリ島でも随一といわれたプリアタン村の名人に師事してこれを習得、1974年1月、バリ島人以外ではじめてケチャの再現に成功しました。以来、日本にケチャを紹介するとともに、幾度もバリ島をおとずれてケチャやガムランをならい演じるなど交流をふかめてきました。あわせて、プリアタン村の幻のケチャ・グループ“スマラマドヤ”をはじめ、多くのグループの来日公演をサポートしています。

これらの実績から、1993年6月にはバリ島の芸術祭ともいえる<バリ・アートフェスティバル>に招待され、日本の伝統芸能をたくみにアレンジした独自の演出のケチャを上演してバリ島の観衆から喝采を浴びました。インドネシアの全国紙『コンパス』は、「日本のひとびとがみせてくれたケチャの内容の濃さは、あらゆる点でバリの芸術家におおきな影響をのこすことになるだろう」と高い評価をよせています。芸能山城組はバリ・アートフェスティバルに2000年、2003年にも招待され、電子楽器を導入したオリジナル作品などで喝采を浴びました。

また、1992年8月には、組頭山城祥二がバリ州政府から、日本でいえば文化勲章にあたる<ダルマ・クスマ勲章>を、前記のウォルター・シュピースらとともに外国人として初めて受章しています。

 

さらに極める(その3)
COMMUNITY
マルチパフォーマンス・コミュニティ 芸能山城組

芸能山城組は、人間にもっとも美しく快く感動できる表現をジャンルや民族の壁をこえて追求するマルチパフォーマンス・コミュニティです。1974年に組頭・山城祥二(本名・大橋 力:当時 東京教育大学助手、現在 財団法人国際科学振興財団主席研究員)を中心に結成されました。メンバーは科学者、ビジネスマン、教員、学生など全員がアマチュアです。日本はもとより世界各地にフィールドワークを展開し、インドネシア・バリ島のケチャやブルガリアン・ポリフォニーを世界で初めて習得していちはやく日本で上演したことでも知られています。これら非西欧文化圏のすぐれた音楽や芸能を紹介するとともに、それらの国に渡航しての公演や現地のアーティストの招聘事業など、国際交流への貢献でも、実績を重ねています。

世界で初めて、バリ島人以外の手による合唱舞踊劇ケチャの全編上演に成功したほか、ブルガリアやグルジアの合唱、バリ島の交響打楽ガムランやジェゴグ、さらに日本各地にある世界水準の伝統歌唱や舞踊、太鼓芸能など、世界80系統にも及ぶパフォーマンスを上演してきました。とりわけ、すぐれた共同体に育まれた卓越した芸能や音楽を地球上からよりすぐり、最先端の研究成果やテクノロジーと融合させながら、未来の地球社会にふさわしい新しい表現の形を実現させてきた足蹟は他の追随をゆるしません。アマチュアの立場を堅持しながら、その実績は、質量とも国際的にトップレベルにあります。

さらに、それらを糧に、現代的要素と融合させたオリジナル楽曲『恐山』、『輪廻交響楽』、『交響組曲AKIRA』、『翠星交響楽』をはじめLP/CD14枚、DVD-Audio1枚をリリースするなど、音楽の新しい地平を常に切り拓いてきました。最近では、ハイパーソニック・サウンドトラックの構築を担当したBD『AKIRA』の成功が注目されています。

しかし、芸能山城組は、芸能集団である以前に、遺伝子DNAに約束された人類本来のライフスタイルを模索し検証しようとする実験集団であり、“行動する文明批判”の拠点であることをもって真髄とします。1981年、当時の地球社会の通念とは隔絶した「文明の危機到来の予測と、その克服をめざす自然科学的世界像に基づくアプローチ」を掲げて<文明科学研究所>を設立し、軌道に乗せてきました。その文明批判の大きな特徴は、批判の対象とする西欧文明最大の武器であり、地球を現在の危機に導いた元凶でもある科学技術を単純に否定するのではなく、逆にこの武器を奪い取り、自家薬籠中のものとして、近現代科学技術文明そのものを攻略するところにあります。そのアクティビティは、同時に、伝統的共同体の叡智に学び、専門化や単機能化を排した地道で真摯な群れ創り、人創りにも向けられてきました。

文明科学研究所は、研究者、教育者、ジャーナリスト、エンジニアそして学生と多様なメンバーの中で、生命科学、脳科学、情報工学などの分野で博士号をもつものが10名をこえ、メンバーが筆頭著者となった論文が最高の科学誌Natureに採択されることを始めとする輝かしい業績に象徴されるように、国際的にも最前線にあります。この強力な研究陣を育て、その活動を導いてきたのも、芸能山城組・組頭 山城祥二こと科学者 大橋 力です。

こうした私たちの比類ない活性の歩みをいま振り返ると、おおよそ20年以上、世界の動きに先行しています。ハイパーソニックBD『AKIRA』に象徴される時代を先取りする一連の創作活動も、諸民族の伝統のエッセンスと最先端の科学技術を武器として、西欧近代文明に向けて放つ鮮烈なメッセージに他なりません。

※さらに詳しい情報は、以下のサイトでご覧いただくことができます。
芸能山城組 http://www.yamashirogumi.jp/
文明科学研究所 http://www.bunmeiken.jp/